A:追放の猿王 スグリーヴァ
サベネア島の北部には、鬱蒼とした樹海が広がっていてな。そこには巨大な猿が、群れをなして暮らしているそうだ。「スグリーヴァ」は、その群れの長だった個体だ。だが、先代の長の逆襲に遭い追放され、島の南部に、たったひとりで移り住んできたらしい。それだけなら問題ないが、こいつは大層な暴れん坊のようでな。ちょうど、生物学部の教授が、色鮮やかなその毛皮を標本として欲していたところだ。被害を受ける島民のためにも、討伐して戦利品を持ち帰ってくれ。
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
特に珍しい話ではない。
群れで暮らす者にはよくあるつまらない話だ。
私は子供の頃から喧嘩が強く、荒くれ者だった。同世代の若い奴はもちろん、親の世代までのどの個体よりも強かった。力が特別強かったわけでも、体が特別大きかったわけじゃない、どう動けばいいかが本能的に分かるというのが近いだろうか。相手が何をしようとしているのか直感的に読めるというのが近いだろうか。とにかく戦いと名の付くもので負けたことはない。その強さは幼いながらも自信になり、年を重ねるごとに自信は自惚れになり、周りを従える度に自信は傲慢になった。
他者を見下し、蔑み、傷つけてきた。怖いものは何もなく、自分を煩わせるものは叩き潰してきた。そして自惚れ切った私は、ついには長を手に掛ける事を考えた。温厚で群れの連中からは信望の厚い長だったが、私には手厳しかった。
今思えば次の長になるであろう私に色々と教えているつもりだったのだろう。私も若かったし、何かと口を挟んできては、暴力で解決する私に説教をする、注意する。私はそんな長が疎ましかったのだ。
群れのしきたりに従い、私は長とサシでの勝負を挑んだ。長はまだ早すぎると私を説得したが、私は頑として聞かなかった。長は止む無くサシでの勝負に応じた。
勝負の結果は言うまでもない。ぼろ雑巾になった長を群れから追放し、私は群れの長となった。もう誰も私のやる事に口を挟めなくなり、私はますます自惚れていった。
私は群れで力のあるものを次々と屠り、少しでも反発したり忠言をした者は容赦なくいたぶった。私はサベネア島の北部に広がるこの広大な樹海の暴君となった。
しかし、小さな燻りに油を注ぎ続けた私が火だるまになるのにそれほど時間はかからなかった。
表面上は服従していても横暴の限りを尽くす私から仲間の心は次第に離れていった。それでも支えようとしてくれていた者も次第に離れていった。
私はそれでも王とは孤独なものだと馬鹿みたいに的外れな事を自分に言いいかせて、相変わらず力に物を言わせ恐怖政治を敷いていたつもりだった。自分がまだ王であると思っているのは自分だけ、まさに裸の王様だった。そしてある時、群れから誰も居なくなった。
私は怒り狂って樹海中を探し回った。全員殺してやると叫びながら樹海の隅から隅まで。そしてやっとの思いで群れを見つけた。だが、それはすでに「私の群れ」ではなかった。そこを統べていたのは、あの温厚な先代の長だった。群れを奪われたと思った私は怒り狂い、勝負を挑んだ。そんな私の前に壁のように立ち塞がったのは群れの全員だった。私を取り囲んで奴らは言った。「長との勝負に勝っったとしても誰一人としてお前に従う者はいない。」と。
私はその時にようやく悟った。みんな暴君から逃げたのではない。逆に暴君を捨てたのだと。私は群れから追放されたのだ。
先代の長が取り戻した北部樹海に最早ここに私の居場所はない。私は何をしても無駄だと悟り、一人樹海を後にし一人南部樹海へと移り住んだ。
南部樹海にも私に似た種族が群れを成していた。そのどれもから私は迫害された。迫害に対しては暴力で対抗した。だが、サシでの勝負なら私も負けなかっただろうが、余所者の私は爪弾きにされ、テリトリーを侵す侵略者として容赦なく群れで襲い掛かられた。私は命からがら逃げる事しかできなかった。
そして今、私の前に冒険者が現れた。おそらく南部に馴染めないだけではなく、生きるのに必死で人間にまで手を出したことを理由に、私を退治しに来たのだろう。
良いだろう、もう失うものなど何もない。相手になってやる。